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18/7/14


smoking kills 

18/7/14

アレハンドロ・ホドロフスキー「リアリテリのダンス」


今日が昨日の単なる繰り返しで、明日が今日の繰り返しなら
 太陽が昇って沈み、月が昇って沈み 
心臓はあいも変わらず鼓動を打ち、
 ただありがたくも自動的に生かされて続けているような毎日なら 
この先ずっと続く人生とはいったいなんなんだろう。
 それが、生まれて死ぬまでの、ただの時間の積み重ねなら、
 これまで続いてこれからも続く永遠に、何の意味も活力も見出せるわけない。
 人には信じられる切り取られた物語が必要なんだ。
 始まりがあって終わりのある映画のような。

幻想のループはいつでもすぐ間近にある 。
世界がいつでも奇跡や美しさを見せてくれるとは限らず 
けったクソ悪い理不尽な出来事が続くのが人生だ、とも思う。
 そして眠り続けて目覚めるために超・劇的なドラマが必要になり
 鏡である外の世界を責めるのに疲れ果てる。
 気がつけば昏睡状態で生きていたりするのだ。落下の快楽はドラッグである。
 ドラマの悲劇とは、ある意味恩寵なのだ。
 平和がなまぬるく、戦争が本能を発動させる起爆剤である不幸な時代には。

 生きることとは破壊であり創造であり
 魂の上にレイヤーのように積み重なった澱を突き抜けて
 本質に触れようとする意志と試みそのものだ。 
計らずも積み上げられた虚構の歴史のページを自らの手でぶち壊して捉え直し
 再び意味を与えてゆく。薄皮すべてを剥いで真実にたどり着く。 
そもそもすべてに意味なんてない、ぜんぶ後付けだ。
 今ここに在ること自体が、光り輝く存在理由で 
もうそれを遡ることは神の領域に属してしまう。 
気怠い自死とは罪である。 
だからこそ偶然オギャーと生まれ出てしまった、 
このいびつな世界を再び愛するために、そして今を十全にするために 
すべてを言葉で拾い上げ、それに名前をつける作業が始まる。
 過去を癒すためにこそ、「物語」は存在するのだ。
 昔々、父と母がいて、その父と母がいて、そしてその父と母がいた。 
私たちは同じ源よりやってきた子供達だ。 
そしてそのすべてが世界に並行する愛の歴史でもある。
 曲がりなりにもそこに結合があった。
 分岐した川は当て所なく流れた。一人一人の物語がすべてが違うように。

 月日も同じく流れ、私たちの生きている時代と世界は、 
もはや魔法の場所となった。あの日みんなが夢見た未来が今になった。
 そして、勃発するすべての出来事やシンクロニシティが 
様々な個々のストーリーを結びつけ、意味のあるものへとまとめ上げられ 
発表されてゆく仮想空間。心や身体と分離した場所。
 瞬時に点と点がつながり橋渡しされて、いいね。
 私の脳の回路と同じ速度で、あなたは私のことを理解し得る。
 しかしその中で、心を動かすものこそが人間にとってのリアリティであり
 情報はただの情報で、てこでしかないことを思い知る。

 風が頬にあたり、自分は存在し生きているのだと確信できた 
素直で単純な喜びは遠い日の記憶?
 80歳過ぎてなお人の心をかき乱し、そのシンプルさに立ち返らせてくれる
 ホドロフスキーのこの映画が、また新たな風穴となって身体中を駆け巡る
 その風の心地よさに身を委ねる、その快楽に酔いしれた。 
物語は豊穣で細部にこそあり、めくるめく陶酔である方がいい。 
それは過去から未来にかける橋のエクストラクト、濃縮抽出ジュース。 
「今」とはメタファーではない。 
ただ無心にダンスする、唯一リアルな時間のことである。

DELHI / Amit and Richard




二人にもらったプレゼント

KHAJURAHO

 

VARANASI











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